1 134億年かかった光
1-1 宇宙の果ての銀河
2016年、ハップル宇宙望遠鏡が大熊座の方向の真宇宙を観測していました。すると不鮮明な光の点を捉えました。GNZ11と呼ばれる遥か彼方の銀河です。それは観測史上最も遠くにある銀河でした。でもそれが宇宙の果てと言えるでしょうか。
GNZ11銀河の先には、空っぽの空間が存在するのでしょうか。簡単には答えられません。観測できる宇宙には限りがあるからです。その範囲を決定するのは、光の速度と宇宙の年齢です。宇宙の果てを考えるときにカギとなるのは光です。
光はものすごい速さですが無限ではありません。宇宙から光が届くには時間がかかります。1億5千万キロ離れた太陽から光が届くまでに8分以上かかりますが、恒星や銀河との距離を表す単位は光年で、光の速さで何年かかる距離かということです。
銀河の光は、数十万年数百万年数十億年かけて届きます。銀河GNZ11の光を調べると134億年かけて地球に届いたものだとわかりました。ハップル宇宙望遠鏡が捉えた銀河GNZ11は最も遠い最も初期の銀河でした。
遠くを見ることができれば宇宙の始まりに迫ることができます。NASAは最も過去を覗き込める望遠鏡を準備しています。ジェームスウェップ望遠鏡です。この望遠鏡が打ち上げられたら、恒星の誕生を捉えられるかもしれません。
なるべく遠くを見ることができれば、宇宙の初期が分かるかもしれません。でも、GNZ11銀河の先にはそれほど多くの銀河はないでしょう。宇宙が誕生したのは138億年前だからです。
銀河が誕生するまでの時間を考えると、光が届く138億年前までは観測可能です。距離が遠いと光は138億年たっても届きません。観測可能な宇宙には果てがあるということです。その範囲を決めているのは宇宙の年齢です。
GNZ11銀河が形成されたのは宇宙誕生から間もない、ビッグバンの4億年後です。それ以前に星はほとんどありませんでした。どの方向を見ても銀河も星もなかった高温の初期宇宙から届いた原子波が観測できます。それは殻のように私たちを覆っています。
1-2 宇宙マイクロ波背景放射
私たちが観測できる最も遠いところからは宇宙誕生の波長が届いています。ビッグバンの残光がマイクロ波となって届いているのです。これは宇宙マイクロ波背景放射と呼ばれるもので、宇宙最古の光です。これが観測可能な宇宙の果てです。
観測可能な宇宙の果ての向こうに何があっても、光が届かないから見ることはできません。観測可能な宇宙とは、その名の通り私たちが見ることができる宇宙です。もし、GNZ11銀河に誰かが住んでいれば、観測可能な宇宙の範囲は私たちと違います。
GNZ11銀河から見れば、私たちの住んでいる地球は宇宙の果てになります。GNZ11銀河の光は134億年かけて届いたものでした。ところが、観測結果をもとにGNZ11銀河の実際の位置を割り出すと驚きの事実が分かります。
GNZ11銀河の現在位置は320億光年彼方、想定される距離の三倍近くの距離でした。何物も光の速度を越えられないはずなのに、なぜ320億光年かなたの銀河が見えるのでしょう。宇宙の年齢を考えるならばそんなに遠くの光は届かないはずです。
あの銀河の光は、134億年の間になぜ320億光年も進めたのか。GNZ11銀河が信じられないほど遠くにあるのは、私たちの宇宙で起こっている奇妙な現象の性です。宇宙は膨張しています。だとすれば、宇宙の果てはいったいどこにあるのでしょう。
銀河の遠ざかる速度は測定可能です。多くの銀河が光の速度より早く遠ざかっていきます。138億年前に、あるエネルギーの一点に命が吹き込まれました。ビッグバンです。この瞬間に空間と空間が生まれます。以来宇宙は膨張を続けてきました。
その膨張の仕方が宇宙の果てを見つけにくくしています。遥か彼方の銀河は猛スピードで遠ざかっています。観測史上最も遠くの銀河GNZ11は誕生から134億年の間に、約320億光年も遠ざかりました。遠ざかる速さは光の速さを越えています。
銀河が遠ざかる速度は測定可能です。測ってみると、多くの銀河は物理の法則を破るかのように光の速度より早く遠ざかっています。何物も光の速度を超えることができないというのはウソなのです。空間そのものは特殊相対性理論に縛られることはありません。
1-3 高速度不変の原理
特殊相対性理論には、当時の研究者たちをびっくりさせたポイントが2つあります。その一つは「高速度不変の原理」です。たとえば、時速100kmで走っている自動車は、隣の車線を時速80kmで走っている自動車から見ると、時速20km(100ー80=20)で自分を追い抜いていくように見えます。
反対方向にすれ違う場合は、逆に時速180km(100+80=180)で走っているように見えるでしょう。これが、ニュートンによる「速度の合成則」です。ところがアインシュタインによると、光にはこの法則が当てはまりません。
観測者がどんな速度で動いても、光の速度は足し算も引き算もされず、常に一定の速度で飛んでいきます。その速度は、真空中で秒速およそ3億km。正確には秒速299792458mで、「憎くなく2人寄ればいつもハッピー」という語呂合わせで覚えます。
仮に高速の80%の速度で飛ぶ宇宙船から見ても、光がそれより遅く見えることはありません。止まっている人が見るのと同じ秒速3億mで宇宙船を追い抜いていくのです。しかし、止まっている人からも動いている人からも同じ速度に見えたのでは、いろいろなことに辻褄が合いません。
それは、道端で立ち止まっている人からも、動いている自動車からも、同じ自動車が時速100kmで走っているように見えることを想像すれば、なんとなくわかるでしょう。それでも、何がどうなっているのかわからず、困ってしまいます。
そこでアインシュタインは、高速に近づいた物体では時間が遅れたり空間が縮んだりするのだと考えました。いまの自動車の例なら、同じ向きに走る自動車の中では時間が遅く進むので、同じ自動車が100km進むまで、立ち止まってみている人よりも時間がかかる、これなら辻褄が合います
急にこんな話をされても、頭が混乱してよくわからないかも知れませんが、とりあえず「そういうものか」と思ってください。ここで一番重要なのは「時間や空間は不変ではない」ということです。
それまで、変化すると思われていた光速が一定になった代わりに、それまで不変だと思われていた時間や空間は不変ではないということを考えたところが、アインシュタインの天才的なところだったのです。
特殊相対性理論のはもうひとつ、驚くことが書かれていました。こちらはほんの短い方程式で表すことができます。おそらく世界でいちばん有名な方程式ですから、見たことのある人も多いでしょう。「E=mc2」です。
この「E」はエネルギー、「m」は質量、「c」は先ほど出てきた光速のことです。エネルギーの大きさは、質量に光速を2回かけた値に等しい。これが何を意味しているか、分かるでしょうか。
1-4 ハップルキューの外側
特殊相対性理論が当てはまるのは物体だけ、空間はどんな速さでも膨張できます。この膨張によって、観測可能な宇宙はいまやあらゆる方向に膨張して、460億光年まで広がりました。直径920億光年の宇宙、それは今も広がり続けています。
もし、観測可能な宇宙の果てまでの旅を試みれば、奇妙な体験をすることになります。太陽系を離れ銀河系を抜け、銀河間航行をしていると周囲の様子がだんだんおかしくなってきます。いつのまにか銀河が遠ざかるようになってきます。
銀河が遠ざかる速度は100万光年進むごとに秒速21キロずつ加速し、宇宙船をどんなに加速しても銀河は遠ざかるばかりです。短距離走を考えて下さい。トラックを走る選手にはゴールが見えています。ところが、そのゴールが遠ざかっていくとしたら。
もし、その遠ざかる速さが選手の誰よりも早いとしたら、誰一人ゴールにたどり着くことはできません。宇宙ではそういうことが起きているのです。あるラインに達すると、銀河は光の速度よりも早い速度で遠ざかっていくので追いつくことはできません。
このラインをハップルキューと呼びます。観測可能の銀河の97%はハップルキューの外側にあり、到達することは不可能です。GNZ11銀河も同様です。ハップルキューの外側は私たちが永遠にたどり着けない領域なのです。
宇宙の膨張にはさらに驚くような秘密が隠されていました。20年ほど前に宇宙の膨張は加速していることが発見されました。それまでは誰もが宇宙の膨張は減速していると思っていました。宇宙は減速どころか加速していたのです。
天文学者達は謎のエネルギーが働いていると考え、ダークエネルギーと名付けました。それは宇宙を押し広げ膨張を加速させている仮想的なエネルギーです。ダークエネルギーの起源や本当の性質は謎に包まれています。
ダークエネルギーの働きで、観測可能な宇宙の果て、宇宙の地平線を越える銀河は増える一方です。こうした銀河は私たちの視界から永遠に失われます。今は見えても、数百万年たてば、見えなくなってしまう銀河があります。